第3回国際モスリム映画祭

2007/9/20
Marines Go Home―ロシアに行くの記
文:影山あさ子(ナレーター)

 9月6日から12日まで、ロシアのタタルスタン共和国・カザン市で開かれた第3回Golden Minbar国際モスリム映画際(http://www.mfmk.ru/m/eng/index.php)に、「Marines Go Home―辺野古・梅香里・矢臼別」が正式招待作品(コンペティション作品)に選ばれた。ロシアのイスラム協会やタタルスタン共和国文化省、カザン市などが主催の映画祭(らしい)。アメリカに続き、世界の2大国制覇!と藤本監督と一緒に、ロシアへ飛んだ。

開催地のカザンはモスクワから東へ800キロ、飛行機で1時間半ほど。ボルガ河沿いの人口100万人の古都だ。クレムリ(城壁)の中には、建都千年を記念して再建された、青いドームの大きなモスクがピカピカしている。モスクと並んで、ロシア正教の大きな教会もある。最北のイスラム教徒(タタール)の国は、宗教・民族の共生する国のようだ。レーニンの銅像もたっていて(まだあるの?)とびっくり。若き日のレーニンも、カザン大学で学んだのだという。

オープニングの日、私たちは、順に黒塗りの車に押し込められ、会場へ向かった。車を降りたら、目の前は赤絨毯。その上を歩いての入場だ。ものすごい人だかりとカメラの数。 
上映作品や審査員が紹介され、クラシックに民族音楽、踊りに歌と、ステージの上では、ショーが続く。タタルスタンの大統領やカトリーヌ・ドヌーブも登場してご挨拶。初めての海外の映画祭で、その華やかさに、私は目を白黒させていた。
タタルスタンの人の歓迎ぶりは本当に大変なもので、弦楽三(四)重奏、民族アンサンブルなど、映画祭の間中、歌舞音曲の芸能三昧となった。

映画祭に招待されたのは、30カ国から76作品(コンペ作品49本)。
地元タタルスタンを始め、現&旧のロシア連邦諸国(ロシア、ウズベキスタン、アゼルバイジャン、タジキスタン、カザフスタン、バシュコルトニスタン、北オセチア)、エジプト、バハレーン、サウジアラビア、クウェート、イラン、シリア、パレスチナなど中東諸国、そしてアメリカ、カナダ、メキシコ、ノルウェー、フランス、スコットランド、ブルガリア、クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴビナ、インドネシア、インドなど。
言語や政治、文化圏の違いに隔てられ、普段は接することのない映画ばかり。新鮮でユニークで、とても意欲的なプログラムだ。
上映作品の中では、アメリカで暮らすパレスチナ人タクシードライバーを描いた作品、イスラムの預言者を描いたイランの映画、分離壁に囲まれて暮らすパレスチナ人一家の物語、一夫多妻の中で暮らす女性たちを描いたインドネシアの映画などが、印象に残った。

Marines Go Homeの上映は、初日の午前中。映画のタイトルは「Янки,отправляйтесъ домой! (ヤンキー・ゴー・ホーム!)」になっていた。
映画祭に招待された唯一の東アジアの映画で、作り手も、映画の登場人物もイスラム教徒ではないという点でも、唯一の映画だった。

米軍基地のこと、憲法のことなど、最初の挨拶で少し説明をしてのち、上映が始まった。
観客は20名ほどだったが、上映後、何人も駆け寄ってきた。目を泣き腫らしたアメリカ人の女性監督は、「もう我を忘れそうだった、20回以上泣いてしまった」という。パレスチナ人の俳優は「素晴らしかった。たくさん知っていることと、一緒に生きようとすることは別だってヤグラの上で語る女性の話、とてもよかった」と。
また、チェチェンから来た人たちが、そろって「とてもよかった」と言ってくれたことは嬉しかった。大国の抑圧に苦しむ人たちに、この映画はストレートに伝わるのだと改めて思う。一人は、川瀬さんや浦さんが、矢臼別という土地に持つ愛情もよく分かったと言っていた。きっと、彼ら自身が、土地に強い愛情を持っているからなのだろう。
受賞は逃したものの、閉会セレモニーで、順に作品が紹介された時、Marines Go Homeに贈られた拍手が、最も大きかったことは、嬉しい驚きだった。
私たちの予想をはるかに超えて、映画と映画に登場する人たち、そしてその闘いに、共感が広がっていた。
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